澤田芽衣 Sawada Mei

-「最初の不安なんて全部杞憂だった」

ジュネーブ国際・開発研究大学院 IDFC2016参加者

 

Q.IDFCに応募したきっかけを教えてください。

 

 まずIDFCを知ったのは学部時代の友人からの紹介でした。その友人がIDFC2014の参加者で、「すごく良かったよ!」って話していました。初めはそれほど気にかけていなかったのですが、IDFC2016の参加者募集の前に彼女がまた話してきたのです。そこで調べてみたら、その年のテーマが「Community Development」で、これを見たときにびびっとくるものがありました。私はスイスの大学院で開発学を学んでいるのですが、大学院の勉強って机の上の勉強がほとんどです。でもそれだと途上国の実態はわからなくて、文献の内容が本当なのかを五感で感じたいと思っていました。そんな中IDFCのテーマと自分が抱いていた希望が偶然一致して、「これは参加しないと!」とジュネーブのアパートの一室で一人興奮していました。(笑)

 

 

Q.IDFCで印象に残っているのはどのようなシーンですか。

 

 ちょっと長くなるので心して読んでくださいね。(笑)まずぱっと浮かぶのはチームでの活動が大変だったことです。IDFC2016では日本とミャンマーの学生がチームを組んで、シンポジウムに向けたプレゼンテーションとムービーを作るのですが、その過程で本当に苦労しました。私たちのチームは日本人2人、ミャンマー人3人だったのですが、最初はすれ違いばかりで。例えば、プレゼンテーションを作るときに、わたしたち日本人はまず何を伝えたいかのかを考えた上で、内容を詰めていく、そしてメッセージがしっかりと伝わるように構造化する、このようなアプローチを考えていました。しかしミャンマー人のメンバーがディスカッションを始めた途端に歌を歌い始めたのです。それで、「この歌詞を聞くとメッセージが浮かんできていいと思わない?」って聞いてきたのです。あれは衝撃的でしたね。(笑)

 

 考え方が違うことは分かっていたのですが、こうも違うのかって。私は納得できないことはしっかりと伝えるのですが、中々ミャンマー人の子たちに理解してもらえなかったのです。そもそも日本語・ビルマ語が母語の人間が英語で意思疎通を図っていることも原因だと思うのですが、本当に何度伝えても相手が理解できないという場面が多々ありました。そのため、ゆっくりゆっくり決定事項を確認しながら時間をかけて進んでいきました。

 

 そのような中、ちょっとした事件が起こったのです。ディスカッションの後に自由時間があり、チームごとに好きに時間が使えるので、進捗が遅かった私たちは引き続きディスカッションをすることになっていました。しかし、同じチームミャンマー人の女の子が観光に行きたいって譲らなかったのです。時間も限られていて、議論を進めないとまずかったので、説得して続きをやろうとしたのですが、それから急に機嫌を損ねて、何を聞いても” I don’t know.”しか言わなくなったのです。

 

 

-確かに大変そうですね...。

 そうした状況をどのように乗り越えたのですか?

 

  非常にシンプルですが、その子の気持ちを考えてみました。いま私が住んでいるジュネーブは、本当に世界中から人が集まってきていて、価値観が人それぞれ全く違うのです。同じ人はいないから全部ありな環境なわけです。だから違う意見を言っても、「芽衣は違うものを見てきたから、違う考えをするのね」っていうように受け入れてもらえるんです。つまりジュネーブでは違うことがポジティブに捉えられる環境だったのです。だからその子も違うってことを前提にどのような気持ちだったのか考えてみたんです。すると確かにディスカッション続きでしんどいし、ヤンゴンから6時間以上かけて開催地のマンダレーに来ているわけで、観光に行きたい気持ちもわかるなあって思いました。それで、「決めるところだけ決めて観光に行こう!って言ったんです。」

 

 

-その後、チームに何か変化がありましたか。

 

相手の気持ちを考えることを意識し始めてから、少しずつ他のメンバーも変わってきたのです。お互いに意見を押し付け合っていたことに気が付いたのかもしれません。さっきのミャンマーの女の子の方から「ごめんね」って謝ってきて。それからチーム全体の空気が変わりましたね。自分がどうしたいだけじゃなくて、チームに何ができるのかをだんだん考えるようになりました。各自が自分の役割を見つけて動けるようになったのです。

 

そして最後に実際に現地の学生に対してプレゼンテーションをしたときに一番感情が動きました。初めは英語で説明をしていたのですが、聞きに来てくれた学生さんの中には英語がよく理解できない人もいました。そのときにチームのミャンマー人の3人がすごく一生懸命に現地の学生たちにビルマ語で説明してて、その顔が本当に輝かしくて、「あ、いま5人一緒にやってるんだ」って感じられてとても嬉しかったことを覚えています。

 

 最初は「このチームでやっていくの大変だなあ」とか、「結局頼れるのは日本人だけだろうなあ」なんて思っていました。でもいま振り返れば、相手をどう説得するかとか、論理的に考えたらおかしいでしょという進め方になっていました。このスタンスだったから初めの衝突があったのだと思います。

 

 最終的に発表にはたくさんの現地の学生さんが参加してくれて、言語や価値観が異なる5人で共に1つのものを作り上げた経験は本当に貴重でした。特に壁にぶち当たることが多かった私たちだからこそ、その喜びは大きかったです。

 

 

Q.IDFCに参加して自身にどのような変化があったと思いますか

 

-何を得られるかじゃなくて、何を与えられるかを考えて動く

 

初めIDFCに参加した目的は、自分のためでした。自分が現地のことを学ぶのも、人を巻き込んでプロジェクトを経験するのも自分のためにって考えていました。しかし参加してからは自分がどう変わるかもそうですが、関わった相手に対して、チームに対して、IDFCに対して、ひいてはミャンマーに対して何を与えられるかを考えて行動するようになりました。実際にそれを実践したのは、海外インターンシップでのことです。IDFC終了後に、私はインドのストリートチルドレンを支援している教育系のNGO1か月半ほどインターンをしました。そこで新たなプロジェクトを立ち上げに取り組んでいます。

 

―新しいプロジェクトを始めようと思ったのはなぜですか。

またどのような内容か簡単に教えてください。

 

NGOの既存のプロジェクトが迷走気味だったのです。そのNGO自体は日本にあるため、インド現地に常駐している人がいませんでした。(つまり私はインドでぼっち!)そこで現地の企業とパートナーシップを組むべきだと、NGOが活動を続けていけるように信頼できるパートナーを見つける必要があると、そう代表からは言われてきました。

 

でもそのとき私は何かおかしいなって思ったのです。そもそも何処の誰に対して、何がしたいのか、だから誰と一緒にやりたいって考えるべきなのに、とりあえずパートナーを探せって順番が逆じゃないのかなって。相手に対して何を与えられるかを考えられないと、信頼なんて築けないんじゃないかなって。そこでNGOの代表に直接、スラムの人たちに何がしたいのか聞きました。すると「将来的には高等教育を受けさせることで、ストリートチルドレンの子供たちも自分の力で生きていけるようになってほしい」と話していました。

 

そこで企画書を書いて提案したのです。インドのストリートチルドレンが、幼稚園から高校までの一貫教育を受けられるようするプロジェクトです。偶々インドでお世話になったゲストハウスのオーナーの方が、プリーという町で学校運営に携わっていたのです。私は子供たちに何ができるか、インドのスラムに何ができるか、NGOのために何ができるかを考えました。考えた末にプリーの学校と連携して、子供たちが自分の力で生きられるよう、高等教育を受けさせたいと思って始めました。

またここからは本当に驚きなのですが、そのインド人オーナーの方が非常に日本と関わりの深い方で、京都市の観光大使をやられていたのです。その縁もあって、最終的にはプリーの学校で学んだ子供たちが京都の立命館大学へ留学することを目指しています。普段私はジュネーブにいるのであまり直接的には関われないのですが、代表と学校のオーナーの方を繋げて、このプロジェクトが実現できるようにサポートを続けていくつもりです。

 

 

☆これからIDFCへの参加を考えている学生にメッセージをお願いします。

 

 

 伝えたいことは1つで、恐れずに飛び込んできてほしいということ。未知のものに臆せず挑戦する気概を持ってIDFCの門を叩いてほしいです。

 

 私も初めは色々な不安がありました。もちろんミャンマーに行ったことはなかったし、そもそも旅行以外で発展途上国に行ったこともなくて、「やっていけるのかなあ…」なんて思っていました。そして他の参加者が皆日本から参加するなかで、私は1人だけ留学先のジュネーブからの参加するのってどう思われるのかなとも考えていました。でも実際に参加してみたらそんなの全部杞憂でした。目的を持って踏み出してみたら色々なものがIDFCでは待っているし、これまで見たことがないものも見つけられるってことを伝えたいです。

 

 それから、IDFCには魅力的な人が多いですね。11つのプロジェクトよりも、他の参加者とこれまでの経験や将来の話をしたことの方が大きかったかもしれません。プログラムが終わっても、会ってそれぞれの目標に向かって互いを鼓舞し合う仲間にたくさん出会えました。この人たちと同じ舞台で活躍できるように、がんばろうって思うようにもなりました。もし成し遂げたいことがあるなら、IDFCというチャンスをものにして、新しい冒険をしてみてはどうでしょう?きっと大切なものに出会えるはずです。